<ホームページ作成の目的>
・患者に認知してもらうため・患者の不安を排除し、最後の一歩を踏み出してもらうため ・医院理念にマッチする人材を採用するため ・将来の競合医院の進出を牽制するため <ホームページ作成のポイント>
・院長の顔や理念、院内の雰囲気を徹底的に開示する・患者の「悩み」「不安」「恐怖」を先回りして徹底的に解決する ・イラスト、写真、ブログなどで医院の雰囲気を伝える ・必ずスマホ対応にする 汗をかいたカクテルグラスは相手をされず、すねてしまっただろうか。人影まばらないつものバーで、横山はマックブックとにらめっこを続けていた。
時間を忘れてひたすら歯科医院のホームページを見続け、おそらく30医院はチェックしただろうか。どの医院のHPも内容は変わり映えせず、中には金太郎あめを切ったように、レイアウトさえほとんど同じに見えるものさえあった。一体どんなHPを作っていけば良いのか…横山は迷宮の入口で途方に暮れていた。 ジントニックの氷がカタンと音を立てて崩れた。 「酒を飲むのも忘れて没頭しているようだな」 大倉は横山の隣に腰かけると、いつものウォッカマティーニを注文した。 「いまの時代、HPがなかったら話にならないですよね。でもどんなHPにすれば良いのか、考えれば考えるほどわからなくなってしまいまして…」 「HPは確かに重要だ。でも、なぜ重要だかわかるかい?言い方を変えると、HPを作る目的は何だと思う?」 またテストが始まったなと横山は苦笑いしながら、少し考えてる仕草をしてから回答した。 「そりゃもちろん集患、新患を集めるためですよ」 「そう答えると思ったよ。時代も変わって、いまはほとんどの医院がしっかりとしたHPを持っている。そんな中、HPを作っただけで、果たして患者は増えるかな?」 「それは・・・」 横山はいましがたチェックした何十ものHPを思い返しながら、思わず答えに窮してしまった。 「私の医院にはHPがある、横山先生の医院にもHPがある。A先生の医院もB先生の医院だってHPがある。しかも患者にとって歯科医院へ行く前の不安や恐怖は私達が想像するよりはるかに大きい。つまり、患者は当然にいくつかの歯科医院のHPを比較して、より信頼でき、より安心でき、自分の恐怖心を事前に排除してくれる医院を選ぶ。要するにHPは常に競争にさらされていて、横山歯科医院が選ばれるための明確な理由を用意してやる必要がある」 “選ばれるための明確な理由”横山はHPに対する自分の考えの浅はかさを自認せざるを得なかった。 「ところで、横山先生は誰にHP制作を依頼しようと考えているんだい?」 「知り合いにウェブに強い人間がいるので、そいつに頼もうかと思っています。なんせ安く仕上げてくれるらしいので・・・」 大倉はまたいつもの怖い笑みを浮かべながら語り始めた。 「君は自分の分身ともいえるHPを言ってしまえば素人に頼もうとしているわけだ。5万?10万?いくらでやってくれるか知らないが、それで本当に効果のあるHPが出来上がるとは到底思えないな。さっきからいろんな医院のHPをチェックしているようだが、患者の立場になって考えてごらん。何か気づいたことはないかい?」 「院長の顔写真が載っていないと、不安かもしれないですね。それから、専門用語も患者からすると理解するのが難しいんじゃないでしょうか。最新設備をアピールしているHPが多いと感じましたが、患者からするとスタッフや院内の雰囲気の方を知りたいんじゃないかとも思います」 黙って頷きながらマティーニを飲み干すしお代わりをオーダーすると、大倉は補足を加えていった。 「痛くないだろうか、先生は怖くないだろうか、無理に自費を勧めらたりしないだろうか、ベビーカーを押して入れるだろうか。医院の診療方針や考えを伝えるのと同じくらい重要なのが、患者の不安に先回りして答えてあげることだ。患者目線に立てば、どんな内容を載せたらいいか、自然と答えは見えてくる。ところで、HPを見るのは患者だけだろうか?」 横山は少しの間考えると「就職先を探しているスタッフも必ず見ますよね」と答えた。 「その通り。うちの医院で採用した衛生士にあとから聞いたところ、HPの情報をくまなくチェックしたと言っていた。5年前のブログまでもな」 「5年前のブログまでですか?!それだけ慎重に就職先を選んでいるんですね」 「オープニングスタッフは開院後に比べて採用はしやすいが、それでも手を抜くわけにはいかない。例えば開業準備の状況をあらかじめブログにアップしてみるのもいいだろう。どんな想いで一つの医院を作り上げていったのか、その過程を見せてしまうんだ。そんな先生の想いに共感し、一緒に医院を盛り上げていきたいというスタッフが集まってくれたら、こんなに心強いことはないだろ?」 マティーニが効いたのか、今日の大倉はいつもに増して饒舌だった。 「HPに組み込まれているブログは検索順位、つまりSEO対策にもなる。HPをアップしてから検索順位が上がってくるまでどうしても数ヶ月かかる。しかし開業前に更新を続けていれば、開業時には上位表示されていることだって夢ではない。まあここまで本気でやるドクターはそうそういないがね・・・」 他の先生たちと同じようなことをやっていては勝ち残れない、やってやろうと横山は心の中で決意した。 「HPの内容を患者目線、求職者目線で決めていけばいいというのはわかりました。結局、業者任せにするのではなく、しっかりと自分で考えていくことが重要だということですね。それじゃあ、HP制作業者を選ぶ基準っていったい何なんですか?」 「単刀直入に答えると、横山先生の理念や考えを理解し、引き出し、整理し、デザインという手段を使って最適に表現してくれる人を選ぶべきだ。例えるなら、自分に合うカクテル、彼女に合うカクテルを自由自在に作れるバーテンダーのような人かな。ウェブデザイナーは単なる職人ではなく、コンサルタントであるべきだと思う。いくらシャレたなデザインであろうと、そのデザインが先生の雰囲気や考え、ターゲットとする患者の属性にマッチしたものでなければ意味がない。」 横山はHPに関する疑問が解決し、晴れ晴れとした気分だった。そんな横山に大倉は続けた。 「最後にもう1つ、大事なHPの目的がある。患者、スタッフに続く第3の視点、それは将来の競合医院だ」 「将来の競合医院・・・それはどういう意味ですか?」 横山はその意味が全く理解できず、ポカンとして聞き返した。 「横山先生も開業地を選ぶ際に、近隣の医院のHPはもれなくチェックしたはずだ」 「確かに。内容が充実していて、かつスタッフの人間関係の良さもブログなどで垣間見える医院の近くは無意識に候補から外していました。なるほど、そういうことですね!つまり、しっかりとしたHPは将来の競合医院の進出を威嚇、牽制する効果がある。地域に根差して安定的に経営していくためには、競合医院を増やさないための対策も必要ですね」 マスターから「大丈夫ですか?」と軽く心配されながら大倉は3杯目を注文した。 「集患ができ、良いスタッフが採用でき、競合医院が増えない、そんなHPなら100万出しても安いくらいですね。それにしても、大倉先生、今日はやけにペースが早いですね。何か嫌なことでもあったんですか?」 「歯科医院を経営してると嫌なことの一つや二つあるさ。これだけ長く経営者やっててもな。特にスタッフのことに関しては開業前に十分勉強しておいた方がいいかもしれない、横山先生も…」 どこからかシガーの香りが漂う中、横山はカクテルグラスの底に溜まった淀みを消し去ろうとするように、残りのジントニックを一気に飲み干した。 ※この内容は「Quintessence」2016年6月号掲載に加筆修正したものです。 |
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